しゃなりの箱庭。

アニソンアーティストの南 咲希が芸能活動・音楽・ひとり暮らし・貯蓄・断捨離など経験をもとに書いていくブログです。

別居婚のススメ-結婚したからといって一緒にいなくていい-

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こんにちは。アニソン系アーティスト・南 咲希(@minamix_syanari)です。
 
 
「結婚するのだから、一緒に住んで当然」
 
これって、すごくこわい思考回路だ。束縛感がやばい。
結婚するのだから当然って、なんだろう。

 

 
今回は結婚や一緒に住むことに悩む人に「別居婚って意外と魅力的だよ」と知ってほしくて書いてみます。
 
目次

 

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そもそも結婚は愛の契約

結婚するほど好きって気持ちはすごい。
その人以外とは恋愛関係を持たなくていい、この人だけいればいい、という状況。
 
好きになった人が自分のことを好きになるってかなり奇跡だ。
両想いが奇跡なのに、結婚となればコスモレベル。
 
そんな奇跡の連続で実った恋は、初心を思い出してもっと相手を大切にすべき。
結婚って、一緒に住むとか条件の契約ではなく、お互いの愛の契約です。
 
 

結婚したからって一緒に暮らさなくていい 

結婚とは、籍を入れてひとつの家族になること。一緒に住まなければならない法律はない。
大好きな人と同じ名字になれて、いつでも一緒にいられて、ふたり次第でいつでも子どもをつくっていい大義名分ができる。
 
その権利を与えられればもう、それだけで嬉しい。それなのに、同じ屋根の下で暮らすのを義務化し始めるのはなんでだろう。
 
付き合った途端にあたりまえのようにケイタイを盗み見る人がいるけれど、あれってなんの権利があって良しとしているんだろう。
 
付き合う前まではしなかったこと・できなかったことが可能になるだけで幸せだった気持ちは、いったいどこへいったのだろう。
好きになったときって、手をつなげただけでも嬉しかった。それなのに結婚となるとなぜか、束縛する事例が多すぎて身構える。
 
「結婚したのになんで帰るの?」
「なんで同じ家に住まないの?」
 
窮屈な感覚になるのは、ここが原因なのだろう。
わたしだったら、ちょっとこわい。
 
一緒にいてもいいけれど、結婚したからといって一緒にいなくてもいい。
自由を奪うと、選んだことを後悔される日がやってくる。
相手が自由人だから悪いのではなくて、自分が「もっと一緒にいたい」と思われていないだけ。
 

会うのは週4までが快適 

ずっと一緒にいて飽きないのは、実はかなり難しい。
あまり会いすぎると好きが薄らいでいく可能性がある。
 
好きな気持ちは爆発しているのに、仕事を優先せざるをえない状況はありうる
多くて週4くらいで会って泊まって、お互いの気持ち次第で延長する流れが快適。
 
住みたくなったら住んでみればいいし、好かれれば自然に「一緒に住みたい」と言われる。
そう思われてもいないのに怒るのは、だいぶ的が外れている。
 
 

一緒に暮らすのは子どもができてからでいい

子どもができたら、一緒に住む必要はある。
ふたりだけの問題ではなく、もうひとつの人生を預かるからだ。
 
子どもがほしい場合は理想の家族像があって、「こうはなりたくない」反面教師もある。
生まれた子どもは、絶対にしあわせになる権利がある。
しあわせにできないのに産むのはあまりに自分の都合すぎて勝手すぎるし、無責任にもほどがある。
 
ただ、子どもができるまではふたりの時間を満喫したらいい。
預かっている別の人生がないし、自分たちの都合で過ごせる貴重な時間だから。
 
一緒に住んでもいいけれど、一緒に住まなくてもいい。
そこは誰にも、とがめる資格はない。
 

まとめ

一緒に住まなくてもいいけれど、それは絶対条件でもない。
ふたりが住みたくなったらもちろん住んでいい。
 
他人と暮らすのは本当に難しいので、住んでみて「やっぱり別居がいい」と申し出があっても「もうぜんぜん好きじゃなくなった」のとは別次元の話。誤解しないほうがいい。
 
ずっと一緒に暮らしたいなら、別居を申し出られないくらい、相手にとって快適な存在を目指す。
結婚だからと構えず、シンプルに相手から好かれればいい。
 
結婚までいった恋なのだから、彼氏彼女よりもはるかにすごい。