しゃなりの箱庭。

アニソンアーティストの南 咲希が芸能活動・音楽・ひとり暮らし・貯蓄・断捨離など経験をもとに書いていくブログです。

東日本大震災について考える。偽善と自己満と言われた私の活動

スポンサーリンク

f:id:sakiminami-7:20170311171643p:plain

 

こんにちは。アニソンアーティストの南 咲希(@minamix_syanari)です。


東日本大震災から6年。

地震以降、今までこの出来事について言及したことはありませんでした。

 

ネット上で何かを語ると必ず批判が飛んでくると思ったからです。

 

祈るくらいなら何か行動をしろとか、行動したらしたで「役に立たないから意味がない」とか。

 

震災から6年が経った今。

何を言われても別にいいやと吹っ切れたので、東日本大震災について初めて語ります。

 

 

震災のとき、私は

6年前のわたしは、飯田橋駅から徒歩15分ほどのビル8階で事務オペレーターとして働いていました。

 

ランチを終えていつものようにパソコンで作業をしていると、下から押し上げるような強い衝動を感じ、縦揺れの地震が始まりました。

 

しばらく待てばおさまると思っていましたが、振動は強まるばかり。

 

そのうち座っていられないほどの空間の歪みを感じ、リーダーからの「みんな机の下に隠れて!」の声で避難した瞬間。

 

壁にかけてあった額が目の前を吹っ飛んで割れ、続けてパソコンが何台も落下。

照明が全部消えていく様子を、驚きのあまり呆然と見つめるしかありませんでした。

 

「キャー!!」

あちこちから悲鳴が聞こえました。

 

ただ事ではないと感じました。

 

揺れが収まった後、わけがわからないまま非常階段から避難という流れになりました。

 

災害時の行動

思いのほか大きな災害となってしまった、2011年3月11日の地震

 

今なら動けるというタイミングで社長の指示を受け、会社の近くにある靖国神社へと避難しました。

 

ありったけの食料を買い占めようとする人で溢れたコンビニでの大行列に並び、花粉症の薬を飲むためのクッションとしてプリンを一つだけ買いました。

 

荷物を取りに行くことが許され、同時に電話も許可されました。

 

ニュースを見るまでは事の重大さがわからず、遠く離れた大切な人たちの安否が心配だったわたしは、家族や友人に電話をかけまくりました。

 

誰にも繋がりません。

それでもしつこく何ループかしたとき、最初に繋がったのは母でした。

 

母が無事だとわかって安心したところで荷物をまとめ、安全な場所へと移動しました。

 

帰宅難民になり、不安に

電車もバスも機能しておらず、徒歩で帰るにはかなりの距離があります。

 

帰宅難民となってしまったわたしと他のメンバー何人かは、ご好意に甘えて社長のマンションにお邪魔しました。

 

夜も更けて、そろそろ深夜になろうとしています。

食料を何も持っていなかったわたしたちは空腹になりましたが、社長宅の非常食をいただいて飢えをしのぎました。

 

わたしが通勤に利用している電車が動き始めたと知り、感謝の気持ちを述べて帰路につきました。

 

溢れかえる人の山

本当に大変なのはここからでした。

 

まず、電車のホームまでたどり着けない。

自宅へ帰ろうと急ぐ人で、電車内はもちろんホームまで大混雑していました。

 

電車に乗れるまでに何時間かかったかわかりません。

こんな時でも運行してくれるありがたさと、仕事をしてくれた運転手さんに感謝をしました。

 

気が遠くなるような人混みに流されるまま、なんとか電車に乗って帰宅できたのは翌日の昼でした。

 

スポンサーリンク
 

出来ることをしたかった

大して被害のないわたしでさえこの状況なのだから、もろに被災してしまった住民たちはどれだけ大変な思いをしたのでしょうか。

 

想像もつかないほど大きな被害が出て絶望に苦しむ人たちの姿を、後日ニュースで知りました。

 

控えていたバンドライブも当然中止(延期)になりました。

このままずっとライブができなくなるのかな、と一瞬思いました。

 

力の弱い一個人でも、自分なりにできることは何かないか。

そう思って行動に移したのが、ライブ許可が下りた後の、ライブハウスでの募金活動でした。

 

偽善者といわれた募金活動

「南 咲希を見に来ました」と受付してくれたお客様のチケット代を全額、被災地へ寄付すること。

会場で売り上げたCDなどのグッズ料金も全額寄付すること。

 

集まった資金は赤十字へ送金し、その旨を報告することを約束しました。

 

いざ実施してみて、集まったのは約3万円。

たった数時間で3万円も寄付をしてくれる人たちの優しさが嬉しく、あたたかさを感じました。

 

ライブが終了してから数日後、郵便局から赤十字へ送金。

感謝の言葉とともに画像付きで報告をしました。

 

しかし、この行為が偽善者ととられることもありました。

 

その資金は本当に被災者へ届くとも限らないし、物資がないのだからお金で送っても自己満足に過ぎないとの批判もありました。

 

自己満足はいけないこと?

彼らの言うことには一理あります。

本当に力になりたくて助けたいのなら、自分が現地まで出向いて無償で何かを手伝うべきだとの意見もあります。

 

しかし、わたしのやったことは偽善でもよかったんです。

 

もっと大きな存在になれれば多額の寄付ができるかもしれない。

もっと力になれたかもしれない。

 

当時の経済力でわたしができたのは、これくらいだったのです。

 

偽善者でもいいのですが、良かれと思ってやってみた結果、相手の迷惑だったらやめます。

 

本当に役に立つのか?と考えるだけでは誰の役に立つこともできません。

トライアンドエラーでもいいから、誠意を持って行動してみる。

 

かつて偽善者だといわれて憤慨してしまった自分を、今では反省しています。

彼らは偽善や自己満足について、深く考えるきっかけを与えてくれました。

 

これからを考える

もし明日、東日本大震災と同じ規模の災害が起きてしまったら。

 

建物の倒壊や津波・二次災害として起こりうる火災の影響などで、死んでしまう可能性も大いにあります。

 

大切な人と二度と会えなくなるかもしれない。

  • やりたいことを臆せずにやること
  • 大切な人を大切にすること

 

どんな気持ちを持って生きていきたいのか。

毎年3月11日になると、わたしはひとりで考えます。

 

もしわたしのいる場所が被災してしまって、誰かが募金をしてくれたとします。

それが100円だとしても「こんなちっぽけなことしかしてくれないなんてひどい」なんて思わない。

 

見ず知らずの人を気にかけてくれてありがとう、って思います。

 

被災してしまったら、とんでもない苦しみがあります。

だからこそ、一生懸命乗り越えようとしている人を応援しながら、自分にできることをやっていけばいい。

 

それが持論です。

 

▼こんな記事もあります

www.sakiminami.com

www.sakiminami.com

www.sakiminami.com