しゃなりの箱庭。

アニソンアーティストの南 咲希が芸能活動・音楽・ひとり暮らし・貯蓄・断捨離など経験をもとに書いていくブログです。

【バレンタイン】義理チョコは絶対に誰にもあげない、本命のみ

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義理チョコが欲しい人ってどれくらいいるのだろうか。

デパートではバレンタインフェアと銘打って、2月14日までチョコの販売が盛んである。

 

チョコの数は男の勲章だとのたまう知人もいて、貰えばもらうほど嬉しいのだそう。


わたしは義理チョコは絶対にあげないことに決めている。

 

共通でお世話になった人に目の前であげている人がいても、自分はあげない。

 

バレンタインデーが近づくと憂鬱な男女に少しでも楽な気持ちになってもらえれば嬉しいので、その理由を詳しく書いていこうと思う。

 

 

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義理チョコ文化にまんまと乗せられている

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一年で一番チョコが売れる時期は、言わずもがなバレンタイン近辺である。

 

当たり前だが、義理は本命よりもたくさんいる。

本命チョコだけでは大した売り上げにならないので義理チョコというものを考えた、と聞いたことがある。

 

そもそも「義理」という言葉を選ぶあたりで戦略的には成功している。

義理を欠いたらマズイ!と考える真面目な日本人の性格を逆手に取ったネーミングで、購買意欲を掻き立てる。

うまいこと考えたものである。

 

義理人情に厚い国民性に見事マッチした義理チョコは、お菓子会社の売り上げに貢献している。

義理チョコ文化はお菓子会社の販売戦略なのである。

 

義理チョコの裏側

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たまたま目にしたテレビ番組で

 

義理チョコはお世話になった人への気持ちなんです

 

 

とコメントする女性を見かけた。

 

ちなみに彼女は結婚しており、夫にはあげないのだそう。

「高かったんだから味わって食べてくれなきゃ困る」と思って購入した高級チョコを一気食いされ、腹が立ったのでそれ以降は一度もあげていないということだった。

 

気持ちはよくわかる。

一粒一粒を味わって食べてくれた方が美味しく感じてもらえるし、高かったけれど買った甲斐があると嬉しく思うだろう。

 

しかし恩着せがましいな、と思ったのはわたしだけではないはずだ。

 

高価なチョコを選んだのは自分だし、どう食べて欲しいかも自分の欲求である。

相手がどう食べるかは相手が決めることだ。

相手への気持ちがあるからチョコを送るのは確かなのだが、相手の気持ち自体を大事にする考えはあるのだろうか。

 

モノというのは基本的に、自分の手から離れた時点で相手に所有権が移る。

相手のモノになってからも処理の仕方を要望するなんて、実にめんどくさい話だ。

 

純粋な気持ちで感謝を伝えたいなら、お返しなど期待しないことだ。

 

お返しがないと怒るのはなんで?

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義理チョコは気持ちと言いながら、ホワイトデーにお返しがないと不服に思う人が多いのはどうしてだろうか。

 

 

あげたんだからお返ししなさいよ

 

 

との傲慢さが透けて見え、ここまでくると義理チョコなんてもらわない方がマシだと感じる人もいるのではないだろうか。

 

もともとはホワイトデーだってお菓子会社の戦略であり、売上を向上させるべく生み出された文化だ。

 

かくいうわたしも、お返し関連では苦い思いをした。

この事件が、義理チョコは絶対にあげないという決意に繋がっている。

 

自分にだけお返しがなかった

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父と弟は職場の女性一同から、毎年バレンタインデーにはチョコをいただいている。

わたしは個人的にそれぞれチョコを購入し、直接手渡していた。

 

ところが、職場の者にはお返しをしているのに、どういうわけかわたしにはお返しがないのである。

弟は1年、父に至っては2年連続で何もなかった。

 

単に忘れてるだけかもしれない。

けれど、他の人からはハンカチや小物のプレゼントがあったと報告を受けたのに対し、自分にだけが何のお返しもないのに呆然とした。

 

なんなんだよ、と思った。

こんな気持ちになるならあげなきゃ良かった。

催促するのも違うし、かといって「忘れてるだけだ」と割り切って毎年あげる余裕はない。

 

義理チョコを送ったのは感謝の意もあるが、あげなかったことで後ほど言われそうな嫌味を避ける目的もあった。

これで今後あげなくても嫌味に対抗できる。

 

わたしにだけお返しがなかったことで、義理チョコ文化から解放されたような清々しささえ生まれた。

感謝の気持ちは誕生日や父の日で伝えればいいことであって、義理チョコに固執する必要はない。

 

自分の気持ちに波風を立てずに生きていきたい。

たかがチョコやお返しくらいで気持ちを乱されたくない。

 

以上が、今後はあげないことにしようと決めた理由である。

 

あげるのは本命のみ

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義理チョコをなくして本命のみに絞れば、時間もお金もかけられる。

この人からもらったんだから本命だと、チョコに対して信憑性が生まれる。

 

わたしは「お返ししなきゃ」が当たり前になっている文化が好きではないので、本命からはお返しなどなくても気にしない。

義理といえば聞こえはいいかもしれないが、つまり「本命ではないチョコ」である。

 

 

本命でもないのにあげた、それなのにお返しがないなんて...!

 

 

とイライラするくらいなら、自分からその文化をなくしてみてはどうだろうか。

 

読んでくれてありがとう。

しゃなりぉー!(・ω・)/

 

コラムニスト:アニソンブロガー南 咲希

Twitter(@minamix_syanari)

 

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