この人と離れてしまったら生きていけない。
ほんとうに大好きでしあわせだったのに、それでも別れる結果になってしまった…
いまこの瞬間、世界でいちばんの不幸を味わっているのはわたしなんだ。
そうと思えてしまうほど強烈な破壊力があるのは、なんといっても失恋です。
大好きだった人を失えば、とてつもない悲しみが伴います。
本当に好きなら、別れても相手のしあわせを願うのが真の優しさだといわれてきました。
それってどうしてでしょう?
わたしは全然、そうは思いません。
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まず自分をどうにかしろ
はっきり言って、失恋した自分を差し置いて、相手のしあわせを願うなんて無理です。
仏様のように広く大きな心の持ち主ならば自然とそう思えるのかもしれないけれど、失恋した後の精神的ダメージは非常に大きいもの。
悲しさやら悔しさやら喪失感やらでいっぱいいっぱいで、とてもじゃないが相手の幸福なんて願う余裕はないはずです。
好きな気持ちが強かったほど、失った悲しみは大きい。
そんな状態で相手のしあわせを願おうするのは、そもそも無理があります。
自分とのしあわせを築く選択をしなかった相手。
これからも一緒にいようとは思えなかった相手。
振られたら恨みが芽生えがちだし、振ったら無関心になってもおかしくないのです。
自然に願えるなら願えばいいし、願えなくてもそれが普通です。
心から相手のしあわせを願うのには無理がある。
だからまずは、傷心している自分をどうにかしましょう。
相手は勝手に幸せになる
別れてしまったら今後、二度と深くは関わらない人です。
特にこちらが願わなくても、相手は自分の采配で勝手にしあわせを掴みます。
別れた相手のしあわせを願えない自分は意地悪だ、などと考える必要は一切ありません。
きちんと別れていれば、しあわせを願われていようが呪いをかけられていようが、知るよしもないからです。
他人の人生は他人に任せ、自分がしあわせになることに心を砕くべきです。
元カレの結婚式に呼ばれたら
元カレの結婚式に呼ばれたけれど行きたくない。
結婚式を素直な気持ちで祝えないわたしって心が狭いんだろうか…
こんな相談を見かけたことがありますが、元恋人の結婚式なんてこの世でいちばん行きたくないイベント。
堂々と不参加でいいんです。
不自然なつくり笑いを貼り付けて疲れ、落ち込んで帰る姿が目に見えています。
それよりは、失恋会と称して自分を励ますパーティーやら愚痴大会やらを開いて、盛大に悲しみに暮れた方が精神衛生上いいです。
だって、一度は大好きで付き合った人です。
そんな彼がほかの女性としあわせになっていく姿を見せられるなんて、いったいなんの罰ゲームでしょうか。
嫌いになったパターンなら一生会いたくないし、無関心なら行く意味がない。
好きなまま別れた場合はなおさら立ち会いたくない場面です。
わたしだったら絶対に呼ばないし、呼ばれたくもない。
もし招待ハガキがくることがあったとしても、鉄の心で不参加表明をします。
別れた人の幸せを願うのは無理がある
相手よりもまず自分が先にしあわせになりたい。
こう思うのが本能的で自然です。
一度は好きで付き合っていた相手が結婚したと知ったら、なんだか微妙な気持ちになりませんか。
「おめでとう」よりも悔しい気持ちが出てきても不思議ではありません。
恋心があった相手に対し、他人とのしあわせを願わなくたっていい。
ますは自分を慰めて励まし、失恋の傷口を癒してください。
相手のしあわせを願えない代わりに、自分のしあわせを掴みにいってほしいと思います。
この記事を読んで、少しでも役に立ててもらえたら嬉しいです!
読んでくれてありがとう。
しゃなりぉー!(・ω・)/
コラムニスト:アニソンブロガー南 咲希